■挿絵コンテスト
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■A場面
 ちょっと休む、の言葉どおり、ラリィルの熱は次の日にはすっかり引いていた。雨も小降りになり、川も穏やかになりつつある。
 静かな朝だ。
 スレナはラリィルの部屋に、朝食の玉蜀黍のスープを持って入った。
「ラリィル?」
 疲れているのだろう、まだ眠っている。しかし顔色は昨日よりかなり良い。
「…良かった」
 スレナはラリィルをほんの少しだけだが見なおした。ただ顔がいい、腕に覚えがある金持ちなだけではないらしい。
 変な男だが、心底嫌うことは出来ないと思った。
「本当、子供みたい」
 スレナはスープをテーブルの上に置くと、暫らくラリィルの寝顔に魅入っていた。二十代の青年の寝顔には見えなかった。
 睫が長い。これは前にも見たことがある。スレナの顔がラリィルに近付いた。
 軽く唇をあわせる。
 ラリィルの目がぱっちりと開いた。
「約束だもの、しょうがないわ」
 スレナは慌ててラリィルから離れ、そっぽを向いた。ラリィルはまだ何が何やら理解できない面持ちだ。
「もしかして…、頬や額ではなく…?」
 ラリィルは吃驚したような、少し照れたような複雑な顔をしてスレナを見ていたが、その内ぶつぶつと呟きだした。
 彼はスレナが約束のキスを頬や額で誤魔化すものと思い込んでいたらしい。
「あまり覚えてないなんてもったいない!スレナさんもう一度…、今度はゆっくり、じっくりと…」
「馬鹿っ!」
 唇を突き出して言い寄ってくるラリィルを殴るスレナ。
 感心した自分が馬鹿だった。やっぱり変人は変人だ。
「スレナさんのいじわるぅ」
 どかどかと大きな足音と共に部屋から出ていくスレナを、ラリィルは左の頬を押さえながら恨めしそうに見ていた。

■B場面
 熱く熱した鋼を、老人が鎚で鍛え上げる。そこに居るだけで大量の汗が吹き出し、頭が熱に浮かされる。そんな場所で老人は黙々と剣を打ち続けていた。
 その渾身の力を込めて鎚を降りおろす手は止めないまま、シガーは壁にもたれているスレナに語り始めた。
「二年前、あやつに破門を言い渡したとき、あやつは仇を殺すことしか考えておらなんだった…」
「仇?」
 ラリィルに仇がいたなど初耳だ。スレナはラリィルに伯父に財産を狙われているとしか聞いていない。
「お嬢さんは、どうしてあやつが旅などしておるか知っておるか?」
「ラリィルの伯父さんが財産を狙ってくるからだって…」
「そうか…。本当のことを知っておれば、誰もあやつに近付かぬだろうからの」
 老人の背中が少し哀しげに見えた。
 口では散々ラリィルのことを貶してはいるが、実際はラリィルのことを心配してくれているのではなかろうか。
 スレナが知る中では、一番ラリィルを理解し、大切に思っていてくれている人なようなきがする。
「儂があやつに教えたのは剣だけじゃった。人の心は教えておらん。あやつの太刀筋…、あれには魔が宿っておる。あやつは剣士としては天才じゃ。それ故、血を呼ばずにはおれん。時代が違えば英雄にもなれたろうて…」
 老人の言葉の中に重い色を感じて、スレナは何も言えなかった。
 確かに、野盗を斬っているときのラリィルは悪鬼のような顔をしていた。
 本心からラリィルを嫌うことはないが、あの時のあの顔だけは恐ろしかった。スレナは黙ったまま老人の汗ばんだ背中を見つめた。
「お嬢さん」
 しばしの沈黙をシガーが破った。
「あやつを救ってくれんだろうか。元々元気の良さが取り柄の間の抜けた奴なのじゃ。あやつの愚行を、お嬢さんなら止められるかもしれん」
「ラリィルを止めるって…?」
「その内判る。二人で正しいことを見付けるのじゃ。さすれば、お嬢さんもまっとうな生き方が出来るじゃろう?」
 シガーはスレナが普通の少女でないことも見抜いていた。
 まっとうな生き方。結婚詐欺も仇討ちも、正しい生き方ではない。
「………」
 スレナは暑さも忘れ、老人の背中を見つめ続けた。ふと、鎚を降り降ろす音が止んだ。
「それ、触ってみなさい」
 冷水で冷やした剣を、シガーはスレナの方に差し出した。
「ラリィルの剣…」
 スレナは恐る恐るそれに触った。
 まだ熱い。
 老人は持ってみるよう勧めた。とても片手で持てる重さではなかった。両手でも長くは持っていられない。
 堪らず剣を落としたスレナに老人は微笑んだ。
「それがラリィルの業の重さじゃよ」
 落とした剣がいつまでも鳴いていた。